元メイドカフェ店員。('A`)
「孤独のグルメ」の面白いところは、マンガとドラマで違う話をやってて、明らかに似たエピソードもあるのに、マンガの五郎とドラマの五郎は平行世界の存在ではなく同一人物で、少なくともドラマ側はマンガ側の記憶も共有してるらしいところ。これ、意外と前例が思い浮かばない。
twitter (via toronei)

ドラマの方がマンガの頃よりも時間が進んでる設定じゃなかったっけ

(via highlandvalley)
doropito:

初っ切りを任された力士は出世しないという悲しいジンクスがある。しかしそこに注がれる才能と努力は本物だ。
It is said that wrestlers engaged in shokkiri never become prominent. However, their professionalism is unbelievably intense.

doropito:

初っ切りを任された力士は出世しないという悲しいジンクスがある。しかしそこに注がれる才能と努力は本物だ。

It is said that wrestlers engaged in shokkiri never become prominent. However, their professionalism is unbelievably intense.

mug-g:

映画に関する豆知識さんはTwitterを使っています 『ダイハード』 ビルからアラン・リックマンが転落するシーンは撮影前に打ち合わせで「3つ数えたら落とす」と言われていたいたが、本番では1のタイミングで落とされた結果がこの表情 http://t.co/8A20rMWliA
fazz0611:

Twitter / sosoru: Googleは厳しい …
昨日後輩が飲み会に誘われてたんだけど純真無垢な瞳で「あっごめんなさい、ぼく今日ウチの夕飯グラタンなんで!」って断っていて「じゃあ仕方ないよね感」がその場一体を包んだ

intollerant:

Russian 9K720 Iskander (Theatre quasi-ballistic missile system) and OTR-21 Tochka (Operational tactical rocket complex) Missiles being fired during an exercise.

『毎月新聞』(佐藤雅彦著/中央公論新社)という本のなかに、こんな文章があります。
15年くらい前に書かれたものです。
僕は、ネットが嫌になったとき、これを読み返すようにしているのです。

 故郷で独り住まいをしている高齢の母親は、テレビの野球中継をとても楽しみにしています。「この松井って子はいいよねえ」と、目を細めながら応援しています。そして、好きな番組が終わると迷いもなくテレビを消すのです。たまたま帰郷していた僕は、そんな母親のあたり前の態度にハッとしてしまいました。『面白い番組を見る』――こんなあたり前のことが僕にはできなかったのです。


 テレビを消した後、静けさが戻ったお茶の間で母親は家庭菜園の里芋の出来について楽しそうに僕に話し、それがひと通り終わると今度は愛用のCDラジカセを持ってきて、大好きな美空ひばりを、これまた楽しそうに歌うのでした。


 僕はそれを聴きながら、母親はメディアなんて言葉は毛頭知らないだろうけど、僕なんかより、ずっといろんなメディアを正しく楽しんでいるなあと感心しました。そして目の前にある消えているテレビの画面を見つめ、先日のやつあたりを少し恥ずかしく思うのでした。


 つまらない番組を見て、時間を無駄使いしたと思っても、それは自分の責任なのです。決してテレビの責任ではありません。リモコンにはチャンネルを選ぶボタンの他に「消す」ボタンもついています。


 僕達は、当然テレビを楽しむ自由を持っていますが、それと同時にテレビを消す自由も持っているのです。


ネットは、テレビに比べると、「悪口が直接自分に向かって飛び込んできやすいメディア」です。
でも、パソコンの電源を切ったり、SNSにアクセスしなければ、道の向こう側から迫ってきて、無理矢理イヤなことを目の前で叫ばれる、ということはないんですよね。
そもそも、「イヤなら、つまらなければ、観ない」という選択も、僕たちにはできる。
見に行っているのは、自分の責任でもあるのです。
わざわざウンコを触り、臭いをかいで、「うわー、なんでこんなに臭いんだよ!」って怒っているようなものです。
それが臭いのは、知っているはずなのに。
(よ・う・か・い・のーせいなのね、そうなのね?)


正直、ネットで「情報を遮断する」というのは、「テレビの電源を切る」より、難しいとは思うんですよ。
ネットには「必要なもの」「面白いもの」と、「危険なもの」「不快なもの」が入り乱れているし。


それでも、僕たちには「ネットに触れない自由」があるし、そのための手段もある。
「ネットの中で、接触するコンテンツ」を選ぶこともできる。
まあ、大概において、わざわざ不快なものを引き寄せてしまうのは、自分自身なんですよね。


いまの世の中で生きていると、あまりにも「情報漬け」の状態に慣れすぎていて、そこから自分を遮断すると、不安になってしまう。
それはたぶん、杞憂なのです。
「なにげなくテレビを観つづけるのをやめる」、というのではなく、「積極的にスイッチを切るという選択をする」ことが、大事なんじゃないかな。


ネットで自分にとって不快なものに憤って改善しようとしたり、自分を嫌っている人を変えようとするのは、あまりにも不毛な作業です。
そんなどうでもいいものに関わっているほど、人生は、長くない。


自分にとって面白いものに対する知識を深めていったり、気が合いそうな人と繋がっていくことのほうが、「ネットの効率的な利用法」だと思います。


それでもやっぱり、「暗部」みたいなものが気になってしまうのも、事実なんですけどね……
これも「妖怪のせい」なのかな。